半七捕物帳
はんしちとりものちょう
26 女行者
26 おんなぎょうじゃ分量:約43分
書き出し:一明治三十二年の秋とおぼえている。わたしが久松町の明治座を見物にゆくと、廊下で半七老人に出逢った。「やあ、あなたも御見物ですか」わたしの方から声をかけると、老人も笑って会釈《えしゃく》した。そこはほんの立ち話で別れたが、それから二、三日過ぎてわたしは赤坂の家をたずねた。半七老人の劇評を聞こうと思ったからである。そのときの狂言は「天一坊《てんいちぼう》」の通しで、初代左団次の大岡越前守、権十郎の山内...