春の潮
はるのうしお
初出:「ホトトギス」1908(明治41)年4月号分量:約105分
書き出し:一隣の家から嫁の荷物が運び返されて三日目だ。省作は養子にいった家を出てのっそり戻《もど》ってきた。婚礼をしてまだ三月と十日ばかりにしかならない。省作も何となし気が咎《とが》めてか、浮かない顔をして、わが家の門をくぐったのである。家の人たちは山林の下刈りにいったとかで、母が一人《ひとり》大きな家に留守居していた。日あたりのよい奥のえん側に、居睡《いねむ》りもしないで一心にほぐしものをやっていられる。...