動かぬ鯨群
うごかぬげいぐん
初出:「新青年」博文館、1936(昭和11)年10月号分量:約38分
書き出し:一「どかんと一発撃てば、それでもう、三十円丸儲けさ」いつでも酔って来るとその女は、そう云ってマドロス達を相手に、死んだ夫の話をはじめる。捕鯨船|北海丸《ほくかいまる》の砲手で、小森安吉《こもりやすきち》と云うのが、その夫の名前だった。成る程女の云うように、生きている頃は、一発|銛《もり》を撃ち込む度に、余分な賞与にありついていた。が、一年程前に時化《しけ》に会って、北海丸の沈没と共に行衛《ゆくえ》...