「三浦老人昔話」の感想
三浦老人昔話
みうらろうじんむかしばなし

岡本綺堂

分量:約291
書き出し:桐畑の太夫一今から二十年あまりの昔である。なんでも正月の七草すぎの日曜日と記憶している。わたしは午後から半七老人の家をたずねた。老人は彼の半七捕物帳の材料を幾たびかわたしに話して聞かせてくれるので、きょうも年始の礼を兼ねてあわ好くば又なにかの昔話を聞き出そうと巧らんで、から風の吹く寒い日を赤坂まで出かけて行ったのであった。格子をあけると、沓《くつ》ぬぎには新しい日和下駄がそろえてある。この頃はあま...
更新日: 2022/05/02
cdd6f53e9284さんの感想

⑦春色梅ごよみ 岡本綺堂短編小説集の全12篇のうちの一本、どの作品から読み始めてもよかったのだが、「春色梅ごよみ」の馴染みのあるタイトル名に惹かれて、この作品から読んでみた。 やはり岡本綺堂だ、切れのいい文章と、メリハリの効いたストーリー展開を堪能し、時間も忘れて一気に読み終えてしまった。 実に面白かった。 主人公は、厳格な武士の家で厳しく育てられた娘お近、まだ24歳のうら若き乙女だが、父親が武士の子弟を弟子にとるほどの槍術の使い手で、娘のお近も幼少より槍術をよくするとの評判を聞き知った武張ったことの大好きな殿様に見出だされて、お姫さまの武芸稽古のお相手を勤めるために上屋敷にご奉公に上がることになった。 しばらくは激しい稽古の充実した日々が続いたのだが、そのうちに、お姫さまは稽古に熱意を示さなくなり、気鬱になって半病人のように寝込むことが多くなった。 これには殿様もいたく心配し、すわ一大事と、お世話の腰元たちをつけて、お姫さまを下屋敷に下がらせ養生させることにした。 これまで武芸一筋に励んできたお姫さまと腰元たちには、無為の時間を紛らわすスベなど思い付くはずもなく、毎日が退屈で耐え難い。 そこに下屋敷に奉公に上がっていた腰元が、しばしのお慰みにこのようなお話は如何でしょうと語った話が、今まで聞いたこともないようなとんでもない面白さだった。 その腰元は、商家から奉公にきていた娘で下世話な事にも通じていて、彼女が語ったのは、当時、江戸で大流行していた為永春水の「春色梅ごよみ」で、色男·丹次郎をめぐる3人の女たちの、義理と意気地を張りあった妖艶な恋の鞘当てを描いた物語だった。 武芸一筋に打ち込んできたお姫さまはじめ腰元たちにとって、まさに別世界の出来事の色と恋との華やいだ物語にたちまち魅了されてしまった。 そのなかでも、最も夢中になったのが、お近だった。 彼女は、貸本屋が持ってくる本を片っ端から写しとり、全巻の写本をついに完成させてしまうほどの打ち込みようだった。 しかし、ある日、出入りの貸本屋が屋敷の用人に見とがめられて、ついに一件が露見し、このような風紀紊乱が殿様に知れたら一大事と内々に関係者の処分が行われ、お近も宿下がりとなった。 お近の両親は、娘がなぜ宿下がりになったのか理由も知らされないまま、しばらくは生活を共にしていたある日、お近が、草深い畑の中でいかがわしい草双紙を夢中になって読んでいる姿を見つけ、宿下がりになった理由をはじめて父親は知り激怒し、お近を奥座敷に軟禁する。 ある夜、父親が書見をしていると怪しい物音がするので、暗闇の中でうごめく影に誰何すると、賊はそこらにあった木片のようなものを投げつけてきて額に負傷する。その刹那、とっさに投げつけ槍の行方に賊の悲鳴があり、確かな手応えがあった。 そこには、背中から胸にかけて槍で貫かれ絶命したお近の姿があった。 「春色梅ごよみ」で自由の世界を知ってしまったお近は、こんな堅苦しい武家の家を出て、もっと自由な世界を目指したのだ。 今まで自分を縛り付けるだけだった父親に向けて投げつけ傷を負わせた木片が、お近が父親に向けて示し得た意志だったとしたら、目覚めた文学少女の自由への決意の強固は、驚くべきものがあるといわざるを得ない。