真珠夫人
しんじゅふじん
初出:「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日分量:約759分
書き出し:奇禍一汽車が大船を離れた頃から、信一郎の心は、段々烈しくなつて行く焦燥《もどか》しさで、満たされてゐた。国府津迄の、まだ五つも六つもある駅毎に、汽車が小刻みに、停車せねばならぬことが、彼の心持を可なり、いら立たせてゐるのであつた。彼は、一刻も早く静子に、会ひたかつた。そして彼の愛撫に、渇《かつ》ゑてゐる彼女を、思ふさま、いたはつてやりたかつた。時は六月の初《はじめ》であつた。汽車の線路に添うて、潮...