ごく古い中国の話は、難しい漢字が多くて、しかもそれが交錯して出てくるので、それぞれの固有名詞を、そのたびに馬鹿正直にだらだら漫然と読んでいたのでは、混乱して、そのうち話の筋が追えなくなり、何度も同じ箇所を繰り返し読まなければならない羽目におちいり、結局、読むのを断念してしまうという苦い経験を、いままで幾度も繰り返してきた。 そこで自分流に簡便な読書法を考えてみた。 三國志や水滸伝を読んだときの教訓だ。 まず、主要な登場人物はイメージに合った日本人の俳優に当てはめて固定する、その顔を官位順に並べてグループで覚えてしまう、 地名とか、その他の固有名詞は、頻度の多いものだけ象徴的な言葉に変えたり、縮めたりして押さえる。 頻度の少ないものは、無視して、かまわず読みとばす。 この幸田露伴の「骨董」もこの方法で読んでみた。 ページ数が多いわりに、登場人物は少ないし、話もシンプルだ。 国宝級の骨董品のまがい物を騙して売り付ける話なので、もう少し面白いかと期待して読んだのだが、苦労して読んだわりには、それほどでもなかった。 人名とその他の固有名詞については、一応クリアできたのだが、騙して売り買いされる当の国宝級の宝物の価値が、もうひとつピンとこない。 その価値が分からなければ、有りがたがりようもないので、どのくらい貴重なものなのか、実感が掴めなかったのだと思う。 そこで思い出したことがある、個人的な思い出話だ、御披露な申し上げる。 サラリーマンをしていたとき、骨董品が大好きなお得意さんがいた、大得意なので、なんとか話を合わせて、いい雰囲気で契約を取りたいのだが、悲しいかな、こちらは骨董品とかは、右も左も分からないずぶの素人、困った挙げ句、対処法を前任者に聞いてみた。 その答え。 「簡単ですよ、落語に《金明竹》っていう話があるでしょう、知ってます? そのなかに出てくる名詞を幾つか覚えておけば、話くらい簡単に合わせられますよ」 へえ~、そうなんだ、 帰りに寄り道して、その落語のカセットテープ(当時)を買ってきた。 聞いてみて、なるほど、これだな、という箇所があった。 与太郎が登場する道具屋の噺なのだが、主人の留守に中橋の道具屋から使いが来て、道具七品の言い立て(口上)を早口の上方弁でまくし立てるが、店番をしている与太郎には、さっぱり聞き取れない、主人が帰ってきて口上の内容を尋ねるが、すかたん答える「空耳」落語で、名人円生の熱演がひかる前座噺だ。 こんな感じだ。 「わて中橋の加賀屋佐吉方から参じました。 先度仲買いの弥市が取り次ぎました道具七品のうち、祐乗、光乗、宗乗三作の三所物、並びに備前長船の則光、四分一拵え横谷宗みん小柄付きの脇差、柄前はな、旦那はんが古鉄刀木といやはって、やっぱりありゃ埋木じゃそうに、木ぃが違うておりまっさかいなあ、念のためにちょっとお断り申します。 黄檗山金明竹、ずんど切りの花活けには遠州宗甫の銘がございます。 織部の香盒、のんこの茶碗、古池やかわず飛び込む水の音と申します。あれは風羅坊正筆の掛け物、沢庵·木庵·隠元禅師張り混ぜの小屏風と、これだけの品はな、わいの旦那の檀那寺が兵庫におまして、兵庫の坊さんの好みまする屏風やよって、表具屋にやって坊主の屏風にいたします」 あまりに早口なので、聞き取れない与太郎は、みなまで喋らせておいて、「何ですか?」と、聞き返す。 聞き取れないのは確かだが、実は、まくし立てる上方弁の響きが与太郎にはめっぽう面白くて、内容を知りたいというよりは、奇妙な節回しをもう一度聞きたいので、その芸をもういっぺんやってみろ、という気持だ。 それに気づいた使いの者はあきれて、同家の叔母さんに聞いてもらうが、やはりこちらもさっぱり通じない。 あきれた使いは、さじを投げて帰ってしまう。 叔父さんが帰ってきて話を聞くが要領を得ないので、たまりかねて言う。 「はっきりしたところが、1ヶ所くらいないのかい」 「あっ、思い出しました。気が違って古池に飛び込みました」 「なに! あいつには、道具七品を預けてあるのだが、買ってか?」 「かわず(蛙)でございます」