「幕末維新懐古談」の感想
幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん

02 私の子供の時のはなし

02 わたしのこどものときのはなし

高村光雲

分量:約6
書き出し:これから私のことになる——私は、現今《いま》の下谷《したや》の北清島町《きたきよしまちょう》に生まれました。嘉永《かえい》五年二月十八日が誕生日です。その頃《ころ》は、随分|辺鄙《へんぴ》なむさくるしい土地であった。江戸下谷|源空寺門前《げんくうじもんぜん》といった所で、大黒屋繁蔵というのが大屋さんであった。それで長屋建《ながやだ》てで、俗にいう九《く》尺二|間《けん》、店賃《たなちん》が、よく覚...
更新日: 2025/02/06
65c8aadc88adさんの感想

雙喜  光雲は 下谷の 北清島町に 生まれた。 西暦1628年  嘉永五年二月十八日が 誕生日である。江戸 下谷 源空寺門前の 長屋の 家主は 大黒屋繁蔵と 言った。長屋は 九尺二間で 店賃は 五百か 六百だった。 西暦1629年 嘉永六年六月に 米国の 使節 ペルリが 浦和にきた。 西暦1630年 嘉永七年 光雲   二歳のとき 安政の 大地震  西暦1856年 安政三年の 大暴風 八歳  西暦1860年 万延元年 桜田の変 井伊掃部頭 御首 水戸の 浪士        十 歳 奥州 東大寺  十二歳 奉公に 出る。光雲の 幼名は 光藏。光雲の 父の 兼松の 弟である 中島 鉄五郎の 家内の 里が 八丁堀の 光谷町で 大工の棟梁を していたので そこを 頼った。