石狩川
いしかりがわ
初出:「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月分量:約677分
書き出し:第一章一もはや日暮れであった。濶葉樹《かつようじゅ》のすき間にちらついていた空は藍青《らんせい》に変り、重なった葉裏にも黒いかげが漂っていた。進んで行く渓谷にはいち早く宵闇がおとずれている。足もとの水は蹴立《けた》てられて白く泡立った。が、たちまち暗い流れとなって背後に遠ざかった。深い山気の静寂がひえびえと身肌に迫った。ずいぶんと歩いたのである。道もない険岨《けんそ》な山を掻《か》きわけて登り、水...