太宰治にしてはハッピーエンドなのだけれど、主人公の視点で語られており、主人公の感情の変化はよく分かっても、お慶の家族が少し幸せすぎないか、お慶は亭主関白のような理想の女性像で、良い人過ぎないかとも思ってしまった。 しかし、短編でこの満足感は秀作です。
日曜日の朝刊の書評で安藤宏氏の「太宰治論」が、紹介されていた。 いままで一貫して太宰治を軸に戦後文学について執筆してきた研究者だ。 自分も以前、新書で「太宰治 弱さを演じるということ」というのを読んだことがある。 最初から「弱さ」と構えておけば、どちらへも発展の余地を担保できる一番入りやすい切り口だとおもった記憶がある。 今回紹介されている「太宰治論」は、今まで安藤氏が書き続けてきた太宰治論考の集大成だそうだ、是非とも読んでみたいと思い、さて価格は如何にと見てビックリ、1万3200円とある。 東京大学出版会の発行なので、致し方ないといってしまえば、それまでだが、発行部数をどれほどに想定しているのか知らないけれども、1万3200円とは、これはまた、門前で読者を経済的に淘汰してしまおうというもの凄い価格だ、 自分など社会の最下層で惨めな虫けらのように生きながらえている者にとっては、たとえそれが単に3200円だったとしても、ちょっと考えてしまうくらいの価格なので、そもそも「淘汰」される資格さえないということか。 極めて残念だが、近所の図書館でリクエストして買ってもらうしかあるまい。 さて、書評の内容であるが、こんなふうに書かれていた。 《「自意識過剰の饒舌体」という語りの特徴を大きなキーワードとしながら(これが浄瑠璃の口説きの影響だったとは驚き)、津軽の裕福な家に生まれたことを意識した血の宿命、家長たる強い兄から突き放されたことによる故郷との距離、といった切り口により、初期の津軽時代(習作期)から、「晩年」に収められた諸作品、再婚と甲府移住が機となった作風の変化、さらに戦中·戦後への展開が、4部43章の作品、作家論にまとめられている。》 なるほど、なるほど、要領を得た簡潔な説明に感服しつつ考えた。 ここに書かれている文脈を最も象徴するような太宰作品は、何だろうかと。 結論は、この「黄金風景」と「親友交歓」であろうと愚考するに至り、さっそく検索したところ、たまたま最初にこの作品に行き当たった、 それだけのことで、ことさらな他意はない。 既定の字数が尽きた、この二作品については、いずれ論ずることもあろう。 「ネタバレ」を「クタバレ」と読みソウロウや
昔のイジメ 今いずこ。 ほとんど ほめようのない体験を 飯のたねにして 文を紡ぎだし しかも 後生(こうせい)に 名を残す。 三日やったら 辞められないというのは、このことかなと 感じた。 でも 本作は当選作である。
読んでも読んでも、お慶とお巡りは「私」に対して嫌味を言っているようにしか思えないのは、私がひねくれているからでしょうか。 太宰作品がこんなに真っ直ぐなはずがないという先入観故でしょうか…
屈託に満ちた文学青年が、かつて苛めていたお手伝いさんの家族に会い、少しだけ救われる話。 よい。
最近太宰の明るい作品を読みあさっているが、光とまで言い出すとは、なかなか。
明るい。
以前読んだことがありましたが、改めて読むと、また面白いです。
最後の一文が大好き。
黄金風景とはよく言った言葉だ。