崩浪亭主人
ほうろうていしゅじん
初出:「小説新潮」1947(昭和22年)10月号分量:約24分
書き出し:砂風の吹く、うそ寒い日である。ホームを驛員が水を撒いてゐる。硝子のない、待合室の外側の壁に凭《もた》れて、磯部隆吉はぼんやりと電車や汽車の出入りを眺めてゐた。靴のさきが痛い。何だか冷たいものでも降つてきさうな空あひで、ホームの中央に吊りさがつてゐる電氣時計は、四時を一寸廻つて、四圍はもう昏《くら》さをたゞよはせて、如何にもあわたゞしい。若いうちは、中途半端な事に何の怖ろしさもなく、無性に自信を持つ...