やもり物語
やもりものがたり
初出:「ホトトギス 第十一巻第一号」1907(明治40)年10月1日分量:約12分
書き出し:ただ取り止めもつかぬ短夜の物語である。毎年夏始めに、程近い植物園からこのわたりへかけ、一体の若葉の梢が茂り黒み、情ない空風《からかぜ》が遠い街の塵を揚げて森の香の清い此処《ここ》らまでも吹き込んで来る頃になると、定まったように脳の工合が悪くなる。殺風景な下宿の庭に鬱陶《うっとう》しく生いくすぶった八《や》つ手《で》の葉蔭に、夕闇の蟇《ひきがえる》が出る頃にはますます悪くなるばかりである。何をするの...