「B教授の死」の感想
B教授の死
ビーきょうじゅのし
初出:「文学」1935(昭和10)年7月

寺田寅彦

分量:約16
書き出し:さわやかな若葉時も過ぎて、日増しに黒んで行く青葉のこずえにうっとうしい微温の雨が降るような時候になると、十余年ほど前に東京のSホテルで客死したスカンジナビアの物理学者B教授のことを毎年一度ぐらいはきっと思い出す。しかし、なにぶんにももうだいぶ古いことであって、記憶が薄くなっている上に、何度となく思い出し思い出ししているうちには知らず知らずいろいろな空想が混入して、それがいつのまにか事実と完全に融《...
更新日: 2022/05/09
cdd6f53e9284さんの感想

世界中どこに逃れても、自分はずっとスパイに付け狙われていて、逃げて逃げて、ついに日本にたどり着いたのだと話すスカンジナビアのB老教授の告白を、聡明な寺田先生は、どうも話半分に聞いていたのではないかと読み取れる。 しかし、神経衰弱からくる単なる妄想だと思ったのなら、しかるべき精神科の医師にでも受診するように勧めたらどうなのかと、チラっと考えたのだが、現実的に考えれば、そういう微妙なアドバイスは、かなり実行困難なことであることが分かる。 「あんた、最近ちょっと変だからさ、いっぺん精神科の医師にみてもらった方がいいよ」 なんて、面と向かって言ったら、それこそ殴られるかもしれないし、以後絶交を宣言されてしまうのは確実だ。 聡明な寺田先生だから、きっとそこまで考えが及んで、そうしなかったのだ。 しかし、現在の世界の謀略戦の実態をみれば、当時だって騙し騙され、殺し殺されの暗躍のスパイ戦なんて当然あったであろうことは、想像に難くない。 聡明で善良だったばっかりに、寺田先生には、汚れた影の世界が見えなかったのかもしれない。 そこがまた、わが寺田寅彦先生の良さでもあるんだけれどもね。