火の鳥
ひのとり
初出:「愛と美について」竹村書房、1939(昭和14)年5月20日分量:約95分
書き出し:序編には、女優高野幸代の女優に至る以前を記す。昔の話である。須々木乙彦は古着屋へはひつて、君のところに黒の無地の羽織はないか、と言つた。「セルなら、ございます。」昭和五年の十月二十日、東京の街路樹の葉は、風に散りかけてゐた。「まだセルでも、をかしくないか。」「もつともつとお寒くなりましてからでも、黒の無地なら、をかしいことはございませぬ。」「よし。見せて呉れ。」「あなたさまがお召しになるので?」角...