この作品は、あえて名付けるとすれば、いわば鴎外の「人事小説」というべきものかもしれない。 書き手の感情の抑制が効いていて、それぞれの人物の描写も鴎外らしい距離感が保たれており、読んでいてすこぶる心地よさを味わうことのできる作品だ。 軍人の石田(鴎外)は、下女を雇うにも細心の注意を払っているのだが、なかなか相応しい人材に恵まれない。 老婆を雇っているが、陰でちょくちょく家の物を持ち出しているようだぞという友人の忠告を受けたので、差し障りのない適当な理由(老齡)を付けて辞めてもらう。 その後釜の女中の斡旋を口入れ屋に頼むが、但し、若くても美形は駄目だという条件を付ける。 独り身の男所帯なので、夜などは隣家に頼んで、その家の女中に泊まりに来てもらっているくらいの用心深さで、身を慎んでいる固い軍人であることが、これで分かる。 男の雇い人(別当)も相当癖のある人物で、主人の財産と自分の財産とを合体させ、それを消費することによって、主人の財産を少しずつ目減りさせるという独特な思考法と計算方法を駆使して、雇い主の米だの卵などを巧みにちょろまかしていることが露見したので、石田は自分用に新たな用具を買い、旧来の物は全部お前にやるから持っていけと言い渡す。 驚いた別当は、女中を介して「自分は解雇されたのか、聞いて来てくれ」と頼む。 鴎外は「俺は、そんなことは言わなかったぞと言え」と答える。 このクダリを大変面白く読んだ。 これが、鴎外の距離感だ。 自分が、他人の領域に一定以上は踏み込まないように、自分の領域にも他人を絶対に踏み込ませない。 自分の盗みを咎められているのかどうかさえ別当には理解出来ないので、自分が解雇されるのかどうかも分からないから聞き返したのだ。 しかも「俺は、そんなことは言わなかったぞ」と返され、この男はますます混乱をきたす。 そうそう、思い出した。松本清張の「或る小倉日記伝」の中のエピソードにこんなのがあった。 鴎外と文学上の交流でごく親密になった一般人が、軍人の甥を伴って鴎外に挨拶に行った際、正装である軍服を着用していったところ、日頃の愛想の良さはまったく無く、目下の兵卒としてけんもほろろの冷たい対応に驚いたのだが、後日、平服で逢った時には、また以前の通りの愛想のいい応対だったという。 生涯を「軍人」という人格で生き、しかし、死に臨んでは一切の栄誉を拒むことで、価値を空虚なものに貶めてみせたこれが、鴎外の距離感なのだと思う。 漱石なら何事にも深く関わって神経を病むほど傷つくことも厭わずに壮大な漱石山脈をつくりあげたが、鴎外は安易に理解されることを拒み、あえて傷つくことも愚の骨頂とばかりに他人を近づけることなく、孤高を守ってただ独りで逝った。 この小説は鴎外の小倉時代の三部作の一作だそうだが、松本清張の「或る小倉日記伝」では、それらの作品を手掛かりにして小倉時代の鴎外の足跡をたどる設定になっているのだが、この「鶏」に関していえば、なにやら盗癖すれすれのちゃっかりした人々ばかりなので、この作品を手掛かりにして訪ねられたりしたら、実際のところ具合の悪い思いをしなかっただろうかと、余計な心配をした記憶がある。
単身赴任であるけど 軍人なので 船便で 馬も 送り届けるのが 何とも大げさで おかしい。 ほとんど全部の使用人が 寄ってたかって 卵やら 米やら 漬物を ちょろまかすのを 気づいても 知らん顔して 穏便に事を収める ところに 主人公の優しさが 垣間見えると感じた。
鴎外のいわゆる「小倉三部作」の一つ。赴任先の家に引っ越してきて間もなく、来客が鶏をもってきた。締めて肉を食べるでもなく、卵を採って食べるでもなく、庭で飼う話。 一羽が二羽になり、三羽になり…。季節の移ろいと同じように、主人公(石田)を取り巻く環境も鶏の数も雇っている下女も変わる。 石田はそれを遠巻きに見ている節がある。どこか楽しそうでさえある。 下男の虎吉は、石田の家にあるものを勝手に持っていってしまう手癖のわるい男だが、発覚しても石田にとっては、それさえ微笑に値する事件なのだった。 この石田という男は、紛れもなく鴎外その人自身なんだろうけど、大都会東京から左遷されたわりには、牧歌的な田舎の生活をのんびり楽しんでいるご様子。 夏目漱石なんかは四国松山の学校へ新任教師として飛ばされたときは、それはもうストレスの多そうな((笑)坊っちゃん、、)生活をしていたけど、(てか漱石先生て生まれも育ちも都会ッコやもんね)、 森鴎外てもともと中国地方出身だし田舎を楽しむ余裕をもってるよね~。 なんか、やっぱ軍人生活長かったせいか(?)メンタル強いよね。あと、ブレないよね。素敵っす、鴎外先生。