別れの辞
わかれのじ
初出:「中央公論」1935(昭和10)年4月分量:約46分
書き出し:一あの頃島村の心は荒れていた、と今になっても多くの人はいうけれど、私はそれを信じない。心の荒れた男が、極度の侮蔑の色を眼に浮かべるということは、あり得べからざることだ。冴えた精神からでなければ、ああいう閃めきは迸り出ない。尤も、島村については、いろいろ芳しからぬ噂が私達の間に伝わっていた。私自身も、彼について漠然とした危懼を感じていた。当時私はいろんな用件で——それも彼のための用件で——急に彼に逢...