「のんきな患者」の感想
のんきな患者
のんきなかんじゃ
初出:「中央公論」1932(昭和7)年1月号

梶井基次郎

分量:約46
書き出し:一吉田は肺が悪い。寒《かん》になって少し寒い日が来たと思ったら、すぐその翌日から高い熱を出してひどい咳になってしまった。胸の臓器を全部押し上げて出してしまおうとしているかのような咳をする。四五日経つともうすっかり痩せてしまった。咳もあまりしない。しかしこれは咳が癒《なお》ったのではなくて、咳をするための腹の筋肉がすっかり疲れ切ってしまったからで、彼らが咳をするのを肯《がえん》じなくなってしまったか...
更新日: 2022/03/30
cdd6f53e9284さんの感想

「のんきな患者」は、梶井基次郎が、初めてメジャーな商業雑誌(中央公論)に発表した小説で、それは、昭和7年1月の新年号だった。 年譜によれば、前年の12月に中央公論社から執筆の依頼があって、「のんきな患者」を脱稿したのが12月10日、その原稿料を受け取ったのが同月の24日だが、その項には、わざわざ「初めて原稿料を貰う」との添え書きがある。 少しずつ、しかし確実に病勢が進んでいた梶井基次郎にとって、特筆すべき特別な日であり、出来事だったのだ。 その後、昭和7年2月下旬に友人たちの見舞いを受けたあとで苦しみだし、3月中旬に病状が変じて、同月24日午前2時に永眠した。享年32歳の若さだった。 小説「のんきな患者」は、梶井基次郎にとって、差し迫った死をいよいよ間近にした最後の小説だ。 いわばその梶井基次郎の極限状況を意識してこの小説を読むことで、僕たちは、いろいろなことが見えてくるだろうし、梶井基次郎という作家の「姿勢」も分かる。 小説の前半は、夜の床の中にあっても寝つくことができず、病状が進む不安にさいなまれながら、息ができないほどに咳き込み、胸苦しさで夜通し煩悶するみずからの様子が克明に描かれている。 悶々と苦しむ描写が執拗に続くのだが、しかし、その「執拗さ」が、かえって苦悶の切迫感を不思議なほど冷静に遠ざけて、描かれている対象をどんどんと客観化させ、ついには、観察者と被観察者との分離を読む者に錯覚させるに至る。 この冷静さは、いったい何事だと思わせるほどの異常な冷徹さだ。 思うにその描写の執拗は、たえず死に直面している者の生きることに対する渇望の現れには違いないが、果たして、それだけか。 そこには、梶井基次郎の自意識という声が物語る語りそのものの力強さ、そこにこそ耳を傾ける必要がある。 心の中に絶えず渦巻く自意識は、病魔による衰弱によって体力も自由も奪われながら、だからどこまでも澄み渡り闊達で、それでいて遠慮がちな諧謔精神に富み、将来の展望を欠いている分だけ、だらしなくも止めどない。 その精神の声は饒舌の翼を得て残り少ない時間に囚われることなく、現在という時が指の間から砂のようにこぼれ落ち、目に写るものは色を失いながら、病人を常に内省の世界へと引きずり込む。 健常者なら、ほんの数語で語られてしまうことが、神経が過敏に研ぎ澄まされた病人にとっては、どれ程の自意識の旅を経なければならないか、限られた時間を恐怖のなかで生き急ごうとする焦燥感のなかで自意識の速度を極限まで上げながら、ついには言葉を途切らせ、喋り続ける気力も失い尽くし、もはや、誰にも届かない内なる声も絶え、死の影に覆われた静謐な永遠の沈黙に至る。 いずれにせよ、「のんきな患者」のリアリティーは、川端康成の「末期の眼」、あるいは伊藤整の「無または死による認識」で看破された志賀直哉の「城の崎にて」、島木健作の「赤蛙」、尾崎一雄の「虫のいろいろ」と比肩する文学史的定説の、今日においては最早肯んずるべき不動の地位を得ていることは、いうまでもあるまい。

更新日: 2022/03/29
19双之川喜41さんの感想

 死に至る病なので 目高の丸のみとか 脳の黒焼きとか わけのわからん 秘法に ついつい すがりついて しまうのである。なかでも 首縊りに 使用した縄に ご利益ありとは 何ごとか。 呑気なわけはない。 苦しみに耐えて 笑い飛ばそうという 迫力に 脱帽せざるを得ないと感じた。

更新日: 2019/07/25
12e43d432034さんの感想

作者の分身であるらしい主人公は、明らかにこれまでの作品よりも病気が悪化している。それでも、不思議とこの話からは暗さはあまり感じられない。むしろあっけらかんとして開き直っているように見える。自分の死期を悟った梶井の諦観からくる明るさだろうか。

更新日: 2016/06/29
小春さんの感想

代表作の檸檬で寺町を歩き回っていた作者が、家の庭を眺めることもできないほど悪化しているのを読むと、とても平常心ではいられない。 これほど病に苦しめられても、梶井基次郎から生まれる言葉は美しい。

更新日: 2015/03/19
ナツメさんの感想

肺結核を題材にした小説。 人間の心理描写が見事である。コメディの一端もあり極々面白い一本であった。