何度も何度も読みたくなる。いいよねえ。京都に行く辺りから急に抽象的?になる気がする。女の欲望には限りがない。しかし限りない欲望こそが生きる原動力なのか
同作家の「文学のふるさと」の中の氷を抱きしめたような、切ない美しさ、悲しさという一節を思い出す。ラストシーンの桜の森の満開の下が「文学のふるさと」で書いていた人間のふるさとなのだろうと思った。
桜は怖い。こういった関係性の話を読む度思い出されるのは、和田竜の忍の国。しかし、この男は最後は共に消えることが出来た。幸せなのかもしれない。
桜の下の描写がすごい
圧巻でした。 おぞましい話(首遊びの行とか)ではありますが、情景の描写がとにかく綺麗で、満開の桜の花の情景が目に浮かぶかのようでした。 ラストは儚さというか諸行無常感もありました。
美しいものと、それに狂わされるものたちはやっぱり良い。桜の養分にされてしまったんだ。美しいものは怖い。気が変になって、美しいものの近くにいると有るはずの無いものを見てしまう。依存的な女がすっごく良かった。
性悪女に取り憑かれた山賊の末路。自分の力を過信し、力で男や女を支配し、凌辱して憚らない悪党が鬼に魅入られてざまあ無い。散々な残虐行為を桜の森の満開の花びらが浄化したとみるのが僕の解釈。
随所にちりばめられる不気味なディティールとは裏腹に、軽やかで清々しいほどあっけらかんとした文体と表現力。 明け方に見る夢のような理不尽で強引な展開でありながら、なにか真実の煌めきのようなものを期待させる。 主人公の盗賊は天をも畏れぬ極悪非道の殺戮者だが、何故か憎めない。むしろ好き、大好き。笑 こんな感想がどうのこうの、全く馬鹿馬鹿しい。 もうこれは読むしかない。笑
女が首遊びという遊びをするために首をとってきてくれといわれたときの、山賊の考えに共感しました。とてもいい話だと思います!
男が抱いた都に対して抱いた退屈する思いのようなものは、この作品を読んでいる間に感じることはなかった。あまりにも容易に男が首をとってくるさまが異様でもあり滑稽でもあった。見た目の美しい女はそれだけで男に価値を与えている。たとえそれが首遊びをする変質者でも。この点はわかる気もする。 びっこの女を都に残して山に行く際、女はすぐに戻る旨をびっこに伝えるが、果たして女は何を画策していたのか。実現することのないこの予言が最後気になった。
今も 男と女の 好いた惚れたの騒ぎは 「首遊び」のようなものではないか。 とことん 削ぎとれば 最後に残るは 首であり 髑髏である。 花は散り 我々も 必ず散る。 世界的な文学賞に 値すると作品と思った。
傑作です。
すごく好き。 綺麗な表現だけど内容がトチ狂ってるの、刺さる。
言葉にならないが素晴らしかった。 読んだ後鳥肌が立った。
山賊の男は美しい女と出会って文章の中にもあったとおり『この女のためなら何でもしてやる。』それが山賊なりの愛情表現だったのだと思う。正しそれが他人の首をとる必要はなかったとは思う。そして『この女のためなら何でもしてやる』といっても限度が必要。そしてクライマックスの女は鬼となり男は鬼となってしまった女を殺し自分も命を絶つ。それも嫌いだった桜の下で。そこは、とても好き
これは傑作ですね。
起こっている事は狂気的だけども余計な言葉がない綺麗な話。 美しいタイトルで目を引き、最初の数行で心を掴み、狂気的 印象的な描写を挟みつつも最後は綺麗に落とす。そして常に風景と心理が共にあるという。まさに日本文学を読んだという気分になった。
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「紫納言」と同じような話だったな、という感想が出てしまうのは、私の認識の解像度が低すぎるからなのだろうか
美しい桜も美しい女性も見る心によって変わるのかしら 男の欲望と嫉妬と後悔