引き込まれるような表現力に圧倒。文章の始まり、終わり方。彼には関心度アップです。
桜の本性を暴いたというより、むしろ桜の美しさを謳っているように感じた。 「物事には表と裏がある」と信じている話者にとって、何の代償も支払わずに美しさを放つ桜の存在が、不合理に思えたのではないか。 そしてカゲロウの繁殖を見て、美しさの代償は「死」であると確信し、桜の樹の下に死体が埋まっていると強引に結論付けた。 しかし、この結論は、桜が美しいということを前提としている。 美しいと感じなければ代償が必要だとも思わない。 美しいと感じるその感受性こそが話者の合理性を歪ませているのだ。 話者は、「対価と代償」という合理性と、それを凌駕するほどの感受性を併せ持っているのかもしれない。
桜の美しさが妖しさに変わりやがて恐怖になる。最後にそれが達成感になる。力強い文章がそれを現してる気がした。
凄く綺麗な感性と表現だと思いました。 繊細な表現なのに油断していたら勢いよく丸め込まれてしまいました。 本当に埋まっているんじゃないでしょうか。 本気でそう思えて来るから不思議なものです。 作者さんが感じた桜の妖艶さの〝妖〟の部分の恐ろしさを死体に預けたように感じました
とても好きだなと思う。 平穏な日常も、美しいものも、そのままそこに存在しているということが信じられず、やはりその裏にあるものを勘ぐってしまう。 むしろ切望なのかもしれない。こんなにも美しいのだから、それ以上に醜い何かを隠していて欲しい。表があるなら裏もあるはず。美しさとは醜さをもって尚、寧ろ醜さすら美しさを引き立ててしまうかもしれないのだから
なんだか素敵な文章だな〜と思ってる間に読み終わってしまった。意味はまだ取りきれてない気がする。国語の授業で取り扱ってほしかった。
美しい生と醜い死。その生と死が、表裏一体糾うように繋がっているという事実こそ、真に美しいと感じたわけですね。そして桜を見る度に死体が頭から離れなくなる程の確信。苦しくもあり、羨ましくもあり。
桜の風貌に違和感を覚える瞬間は、人を殺人鬼と疑う瞬間に似ているのかもしれません…身近な自然を多面的に捉える感性が素敵だと思いました
露悪趣味の作品か?生物は土に帰るで良いと思います。
豊かな感受性と巧みな比喩によって構成されている。死と美しさは隣り合わせ。
凄く有名な話だけど、5分で読めるものだったのね! 比喩表現が巧み。意味はまだ良く掴めない。
表現力が尋常ではない。あまりも好き過ぎる。
惹き込まれる。話者は私たちの焦りや困惑を知っている。
気持ちが楽になりました(^^)
檸檬もそうであるが、この方の作品の表現は鋭く柔らかく心に染み込んでくる。素敵な語りだった。
何回読んでも、魅惑的な小品である。そばに置いておきたい作品である。
花が見事に咲くのは 屍体が埋まっているからと 透視する。 花の盛りに 神秘な雰囲気を 撒き散らすことはある。 ▫独楽(こま)が 静止に澄む。 ▫演奏が 幻覚を伴う。 ▫生殖を 幻覚させる後光は 薄羽カゲロウのように。 惨劇により 心象の憂鬱(ゆううつ)が完成し 心和むのかなと感じた。 感性の鋭い人は 大変だなあとも思った。
桜の花があなたの見事に咲くなんて信じられないことじゃない
こういう気持ちになるとき、あるかもしれない。
死体と桜の関係に一見不気味に見えるこの短い文章に詰まった主人公の想いや表現力に心揺さぶられました。 主人公は桜と死体を単純に対比していのではなく、桜の「美しさ」と自分の「夢」を対比させている。もし死と生の対比から美しさを表現したいだけなら「死体とソレから滲み出る水晶」だけで表現すればいい。 主人公は何か重病を抱えていて余命いくばくも無いのか または何かに挫折しれ途方に暮れていたのかは判りませんが、何か大きな問題を抱えていたと考えます。 主人公は生きたいという気持ち、何かを成し得たかった想いが強くあればあるほどに、桜がソレを養分として代わりに美しく咲いてくれると思ったのではないでしょうか。 最後には死を受け入れた様に見える悲しい作品ですが、死を向き合い様々な思いを巡らす主人公の表現が素晴らしい作品だと思いました。