雙之川喜1541 いまや 漫画は 堂々たる 地球的 市民権を 得るに 至った。少し 前までは 恥じらいを もって 漫画 愛好家 であると 告白していたけど 今や なにが 悪いのさの 世界に 成り下がり 政治家 学者 文学者なども 挙って 漫読に 没頭している。近いうちに 公文書 科学論文も コミックで 表記するように なっても 違和感を 覚える人は 変人 奇人と 揶揄されなく なるかもしれない。婚姻届 死亡届 逮捕状 などなど 漫国 共通と 呼ぼう。漫歳。
大正時代の漫画についての評論ですが、作者が現代の漫画を見たらどう思うか気になった。
漫画の 今日の繁栄を 予期することは 無かったようで 寅彦は 上から目線で 難解というか 解らん立論を 展開する。 この格差に 驚嘆すると感じた。
なにも寺田がジャンプやチャンピオンやサンデー、マガジンましてやキングなどの少年漫画雑誌を読んでいた訳ではない。バンベリーの「新兵」やジャン・ヴェヴェーの「銭投げ」の類の漫画を論じている。それがどんな漫画かは知らぬが想像はつく。鼻の大きい人の鼻を誇張して実寸よりも大きく描く技法は科学的アプローチと以ているらしい。しかし、別にマンガを科学の水準まで引き上げる必要もあるまい。マンガはマンガである。それよりも、気になるのは寺田にとっての落語や川柳の存在である。文学>落語、俳句>川柳。 低俗で卑猥との評価。理由は落語や川柳の作者が精神的素養の欠如した階級に属しているから、と言っている。寺田自身にエリート意識があるから平気で「階級」という言葉を選べるのだろう。残念である。