木曽の旅人
きそのたびびと
初出:「文藝倶樂部」1897(明治30)年分量:約29分
書き出し:一T君は語る。そのころの軽井沢は寂《さび》れ切っていましたよ。それは明治二十四年の秋で、あの辺も衰微の絶頂であったらしい。なにしろ昔の中仙道の宿場《しゅくば》がすっかり寂れてしまって、土地にはなんにも産物はないし、ほとんどもう立ち行かないことになって、ほかの土地へ立退《たちの》く者もある。わたしも親父《おやじ》と一緒に横川で汽車を下りて、碓氷《うすい》峠の旧道をがた馬車にゆられながら登って下りて、...