岸田国士
日支事変(日中戦争)の当時、戦前昭和初期の大陸事情を垣間見る事の出来る作品です。この作品で、愚生の印象に深く残ったのは、非正規部隊の将官が、著者を嘗て「軍人だったから」との旨の人物評価をする点、と結びの方で、日本の酔漢が西洋のご婦人から“sale type”と罵られる点です。前者は、愚生も著者の作品に数点触れた中で感じていたことを端的に言い表している文章です。特派的ジャーナリストとは言え、著者ほど弾雨の最前線に固執し、戦場での“死”を客観視する“文人”は特異であると思います。陸軍士官学校出身で軍人精神を叩き込まれた方でなければ、そこまで達観できないでしょう。後者は、著者の“軍人精神”とは逆に、欧州渡航経験のある“文人”の面を表していると思います。今でも日本の下卑た酔漢がたまたま同じ場所に居合わせた女性にチョッカイを出す場面を目にします。これは、残念な日本人気質なのかもしれません。作中下りで、酔漢に対して西洋のご婦人の一声“sale type”(卑劣、不誠実に対する言い方。現代風に言えば“クソ野郎”とでも表現出来よう)は、著者としては、その日本人に対して放たれた言葉としての直接的意味よりも、当時の日本軍に対しての世界の感情を間接的に意味したと見ているように思えてなりません。