まぼろし
まぼろし
初出:「文藝春秋 オール讀物 第三巻第四号」文藝春秋社、1933(昭和8)年4月1日分量:約32分
書き出し:一和やかな初夏の海辺には微風《そよかぜ》の気合《けは》ひも感ぜられなかつた。呑気な学生が四五人、砂浜に寝転んでとりとめもなく騒々しい雑談に花を咲かせてゐた。「ゆらのとをわたるふなびとかぢをたへゆくへも知らぬこひのみちかな——か、今となると既にもうあの頃がなつかしいな、いや、満里のところの歌留多会がさ。」「柄にもない眼つきをするない、こいつ!」「ところが俺には、れつきとした懐し味の思ひ出があるんだか...