山の貴婦人
やまのきふじん
初出:「帝国大学新聞 第四八九号」1933(昭和8)年7月10日分量:約5分
書き出し:上州、信濃、越後、丁度三国の国境のあたりに客の希《まれ》な温泉がある。私の泊つた宿には、県知事閣下御腰懸けのイスといふのが大切に保存されてゐて、村の共同湯に出没する人々にはドブチンスキーやボブチンスキーの面影があつた。近い停車場へも十数里の距離《みちのり》があつて、東京の客なぞ登山の季節にも滅多に来ない。単調で奇も変もない山国の風趣が気にいつて、私は暫く泊ることにした。ある日、宿の亭主がもみ手をし...