雪間
ゆきま
初出:「別冊文藝春秋 第五十六号」1957(昭和32)年2月分量:約30分
書き出し:一宮ノ下のホテルを出たときは薄月が出ていたが、秋の箱根の天気癖で、五分もたたないうちに霧がかかってきた。笠原の別荘の門を入ると、むこうのケースメントの硝子の面《めん》に夜明けのような空明りがうつり、沈んだ陰鬱な調子をつけている。急に冷えてきたとみえて、霧の粒《つぶ》が大きくなり、いつの間にか服がしっとりと湿っている。うねうねと盛りあがった赤針樅《あかはりもみ》の根這《ねは》いにつまずきながら玄関の...