海郷風物記
かいきょうふうぶつき
初出:「三田文学」1911(明治44)年6~7月号分量:約45分
書き出し:夕暮れがた汽船が小さな港に着く。點燈後程經た頃であるからして、船も人も周圍の自然も極めて蕭《しめや》かである。その間に通ふ靜かな物音を聞いてゐると、かの少年時の薄玻璃《うすはり》の如くあえかなる情操の再び歸り來るのではないかと疑ふ。艀舟《はしけ》から本船に荷物を積み入るる人々の掛聲は殊に興が深い。「やつとこ、さいやの、どつこいさあ。」「やれこら、さよな——。」と、その「さよな」といふ所から、揃つた...