夏の花
なつのはな
初出:「三田文学」1947(昭和22)年6月号分量:約36分
書き出し:わが愛する者よ請《こ》う急ぎはしれ香《かぐ》わしき山々の上にありて※《のろ》のごとく小鹿のごとくあれ私は街に出て花を買うと、妻の墓を訪れようと思った。ポケットには仏壇からとり出した線香が一束あった。八月十五日は妻にとって初盆《にいぼん》にあたるのだが、それまでこのふるさとの街が無事かどうかは疑わしかった。恰度《ちょうど》、休電日ではあったが、朝から花をもって街を歩いている男は、私のほかに見あたらな...