罠に掛った人
わなにかかったひと
初出:「探偵」駿南社、1931(昭和6)年5月号分量:約27分
書き出し:一もう十時は疾《と》くに過ぎたのに、妻の伸子《のぶこ》は未《ま》だ帰って来なかった。友木《ともき》はいらいらして立上った。彼の痩《やせ》こけて骨張った顔は変に歪んで、苦痛の表情がアリアリと浮んでいた。どこをどう歩いたって、この年の暮に迫って、不義理の限りをしている彼に、一銭の金だって貸して呉《く》れる者があろう筈《はず》はないのだ。それを知らない彼ではなかった。だから、伸子が袷《あわせ》一枚の寒さ...