水野葉舟は、友人の佐々木喜善から、彼の故郷·遠野の土俗的な言い伝えを数多く聞き、とても面白がり、友人の柳田国男に話すと、柳田も大いに興味をそそられて、水野と一緒に佐々木の話を聞くことになった。 柳田国男の「遠野物語」誕生の発端である。 なので、柳田国男が佐々木喜善から聞いた同じ話を、水野葉舟も聞いていて、みずから原稿に起こして幾つかの話を紹介した。 そうなれば、当然、ふたりの話は比較評価される運命にあるのだが、結果は明白だった。 柳田国男の文語調の硬質な文体は、超現実的な不可思議な話に格調高い神秘性を持たせるのに十分な効果を発揮し学問の域に達することができたが、幽霊好きの水野の手にかかると、同じ話もまるで下世話な巷の怪談話のようになってしまった。 この話もそのひとつ、目の前で突然自分の女房が殺され「あれは、狐狸妖怪だ」と言われても、亭主は即座に信じられない。 半信半疑の不安な気持ちを抱えながら家に帰ると、起き抜けの姿で女房が現れ、 「いま、あんたに斬り殺された夢をみた」という場面、ただの気の抜けた因果話のようになっていはしないか。