漱石の人物
そうせきのじんぶつ
初出:「新潮」1950(昭和25)年12月号分量:約29分
書き出し:私が漱石と直接に接触したのは、漱石晩年の満三個年の間だけである。しかしそのおかげで私は今でも生きた漱石を身近に感じることができる。漱石はその遺した全著作よりも大きい人物であった。その人物にいくらかでも触れ得たことを私は今でも幸福に感じている。初めて早稲田南町の漱石山房を訪れたのは、大正二年の十一月ごろ、天気のよい木曜日の午後であったと思う。牛込《うしごめ》柳町の電車停留場から、矢来下《やらいした》...