本作品の 青空文庫上の 初公開日は 2003年9月19日である。7年後に 再公開されたものには 『ホトトギス』所載の 挿画が 新しく 収録されている。子規は 初めは 固定した絵を 天井などに 見るけど 後に ランプの炎の影に 動画を 幻視するようになり 十字架上の耶蘇をも 顕れるのである。挿画を 拡大して見ると 画面の奥に病床から 半身になって 会を主宰する 子規が みとめられる。この情熱は 何によって 支えられているのかと想った。
ホトトギスの鳴き声を久しぶりに思い出した気がした
熱に浮かされて、具合が悪くて、でも眠れなくて、何とか時間を潰そうとしていると、眼が天井だの壁だので留まってしまって、色んな物に見えたり、頭で考えてしまって一層疲れてしまうのに、文学者の性で却ってこういう観察眼が働いてしまう。 たぶん明治以降に近代文学が形成されてから、何となくのこうした感覚が日本人の間に共有し始まって、やがて病気治療や療養へ応用されて現代へ繋がっているのだと思う。 実際体調を崩していると、とても今の自分の気持ちを文章で表すなんて、考えることすら儘ならなくなる。子規は何とかして遺そうと気持ちが働いたのかも知れないな。
最後は自分の顔を見たのだろう❗️ 死人の顔だ‼️