煤煙の匂ひ
ばいえんのにおい
初出:「中外」1918(大正7)年7月号分量:約66分
書き出し:一彼は波止場《はとば》の方へふら/\歩いて行つた。此《こ》の土地が最早《もう》いつまでも長くは自分を止まらせまいとしてゐるやうで、それが自分のにぶりがちな日頃の決心よりも寧《むし》ろ早く、此の土地を去らねばならぬ時機が迫つて来はせぬかといふ、妙に心細い受け身の動揺の日がやつて来たのだ。勿論《もちろん》それは彼の思ひ過ぎでもあつた。これまでも屡々《しば/\》あつたことだ。こんな気持の時は足がおのづか...