「「死」の問題に対して」の感想
「死」の問題に対して
「し」のもんだいにたいして
初出:「中央公論 二八年一三号」反省社、1913(大正2)年11月1日

新渡戸稲造

分量:約6
書き出し:死というような哲学じみた問題は、僕らの口を出すべきものでもないし、また出したところで何らの権威にもなるまい。が、ただ死というものは人間として誰でも免るべからざる事柄であり、かつまた考えまいと思っても必ず我々の心を襲うて来る事柄であるから、哲学者でなくても、何人でも、死については何かの思想は持っているものである。しかし一般にいえば死なる現象をいくらか弄《もてあそ》ぶという嫌いもなきにしもあらずと思う...
更新日: 2019/04/13
1d8ea91503b9さんの感想

分かったような分からんような…… この!死、生についての考え方はやはりずっと前から変わらないところはあるのだな、とこういう本を読んでみるとつくづく思う。  死の為に生を過ごし、生の重みを知ることで死を恐れるようになるのだ。 私自身は人生にもてる使命があるのだろうか?果たしてその使命を果たすことが出来るのだろうか? ハリーポッターにある、子供向け絵本の中に、死に追いかけられた3兄弟の一番弟は他の兄達とは違って死から見つからない透明マントを用いて、自分が老いてしまうまで隠れ続け、その後に笑顔で死を歓迎した。 私も死を良き隣人であるとして、歓迎出来るような生のまっとうをこれからも日々考えていくのだ。