私本太平記
しほんたいへいき
03 みなかみ帖
03 みなかみじょう分量:約348分
書き出し:石の降る夜《よ》古市《ふるち》の朝は、舟の櫓音《ろおと》やら車の音で明けはじめる。ほどなく、散所民《さんじょみん》のわめき声だの、赤子の泣き声。そして、市《いち》の騒音も陽と共に高くなり、やがて型どおりな毎日の生態と砂塵が附近一帯をたち籠《こ》めてくる。「まだ帰らぬの」「……帰りませんなあ」出屋敷《でやしき》の板かべの一間から、日野俊基は、外ばかり見ていた。——夜来、侍《かしず》いていた石川ノ豊麻...