私本太平記
しほんたいへいき
12 湊川帖
12 みなとがわじょう分量:約337分
書き出し:面《めん》まだ葉ざくらは初々《ういうい》しい。竹窓の内までが、あら壁もむしろも人も、その静かな、さみどりに染まっている。「…………」正成はさっきから赤鶴《しゃくづる》の仕事にしげしげと見とれていた。天野沢《あまのさわ》の金剛寺前に住んでいる仮面打《めんう》ちの老人で——越前の遠くから移住してきた者だと、この道にくわしい卯木《うつぎ》夫婦から聞いている。はじめにここへ彼を案内したのも、卯木の良人の治...