増長天王
ぞうちょうてんのう
初出:「サンデー毎日 春季特別号」1927(昭和2)年4月1日分量:約37分
書き出し:山目付こんな奥深い峡谷《きょうこく》は、町から思うと寒い筈だが、案外冷たい風もなく、南勾配《みなみこうばい》を選《よ》って山歩きをしていると草萌頃《くさもえごろ》のむしむしとする地息に、毛の根が痒《かゆ》くなる程な汗を覚える。天明《てんめい》二年の春さきである。木の芽《め》の色、玲瓏《れいろう》な空、もえる陽炎《かげろう》、まことに春らしい山村の春。肥前鍋島家《ひぜんなべしまけ》の役人、山目付《や...