無宿人国記
むしゅくじんこくき
初出:「中央公論 夏季増刊号」1932(昭和7)年分量:約86分
書き出し:女被衣《おんなかぶり》一「蒲団は——お炬燵《こた》は——入れたかえ」船宿のお内儀《かみ》さんだ。暗い河岸《かし》に立って、いつもの、美《い》い声《こえ》を、張りあげている。息が、白く、冬の夜の闇に見えた。寒々と更《ふ》けた大川の中で、「おう」と、船頭の答えをきくと、かの女は、河岸づたいに、五明楼の庭へ戻って、「あの……船のお支度が」と、女中へ告げた。上杉家の国家老、千坂兵部《ちさかひょうぶ》は、茶...