双之川喜 私自身としては 一銭にもならないのに 書く義務もないのに しこしこと 駄文を綴るのは いまや 絶滅危惧種でもあり なにが嬉しくて そんなこと やつてんのと 誰何されても 申し開きは困難です。一定量の 乱読多筆を 数年間続けると 夢の中にまで 文章が 浮かんでは消え この 文庫の 中から それに見合った 文章を探しだして 感想文を書き いささか 順番が 逆転して 我ながら 病気が 進行していることが はっきり 自覚されますから いわば 医者要らずであります。太宰は まったく ただで 文章を 依頼されていることは まず ないでしょうから 四の五の 御託宣を 宣わずに さっさと 書きなぐるのが 渡世の 仁義と いうもんでしょうが。
▼随筆(エッセイ)を書く、「辛さ」を太宰が告白している。 ▼小説家なんだから、文章書くのが得意のはずでしょうに? ▼正直と言えば、そうだ。 ▼小説とエッセイは違うようだ。 ▼太宰にとっては、野球とソフトボール位の差だろうか? ▼講演が苦手というのなら分からんでもないが、義務感でやっとこさ原稿を仕上げているなんて驚きだ! ▼ネタとして、わざとかも知れぬ。 ▼先日TVで「人間失格」の執筆時の太宰の様子を知る人物の証言があった。 ▼心神耗弱ではなく、明るかった様だ! ▼作家と作品は別、と私は前から主張している。誰が書いたかは関係ない。笑いながら悲劇を書こうが、苦痛の中で喜劇を世に出そうが知ったことではない。 ▼もう、騙されないぞ!
太宰の胸中に共感できる プライド・やりがい・罪悪感・本能…結局「義務」ってなんだ?
義務について考え
書ける状態にあるのに断るということはしない(出来ない)というのは太宰自身の自分ルールなのか、若しくは最早太宰にもコントロールできる範疇ではない緊迫観念のようなものか。とにかく義務だと言う。確かに義務があるうちは、義務があるからこそ生きていられる。
金のためでなく、義務のため原稿を書く太宰。生も死も同じだが、その義務があるので今は生きてる太宰。書ける状態にあるので悪戦苦闘し原稿に向かう太宰。随筆を書くのが苦手だとその随筆で告白する正直な太宰。 そんな太宰ファンに‘若くて美しい女性’が多いのが不思議でならない。確かに今風に言うとイケメンであることは認めるが、彼女らが好む文学はもっとハードボイルドでかっこよくて、死とはほど遠いキラキラしたものであってもらいたい。僕らの領域に美しい彼女達が入ってくると何か勘違いしてしまう。「お嬢さん!!太宰がお好きなようですね。今度お酒でも一緒に如何ですか?」