朝居の話
あさいのはなし
初出:「文藝春秋 第八巻第四号(四月特別号)」文藝春秋社、1930(昭和5)年4月1日分量:約6分
書き出し:去年の十二月のはぢめ頃だつた。あたゝかく、風のない朝、十時時分、僕は蜜柑山の芝のスロウプに腰かけて、海を眺めてゐると、絵かきの朝居閑太郎が、僕の妻に案内されて、僕の前に立ち、情熱のこもつた息苦し気な調子で、そして対者に遠慮する微笑を浮べて「エカキが——」と云つた。続く言葉は解つてゐるのだが、息せき切つて駆けつけた伝令兵のやうに声が出ないといふ風なのである。そして、漸く発言した。……「エカキが長い間...