相模の北条と 甲斐の武田が 戦略上 鬱蒼(うっそう)と 繁った 林を 切り倒したのを 時を経て 目の当たりにした 増誉上人が 鋭意 植樹したと される。その 林の中に 甲州街道が 通じていたと 云うけど おそらく 甲州道で あろう。磯慣松(そなれまつ)であれば 浮世絵で 見られるように くねくねと 曲がっているけど 太く 真っすぐ 大木になる 種のようである。牧水は 松林の 伐採の 反対運動に 力を注ぎ 千本松の 保存に 貢献した。先人達は なんとも 松樹を 斬ったり 植えたり 面倒なことを やってのけたものだと 感じた。