三階の家
さんかいのいえ
初出:「苦楽」1926(大正15)年12月号分量:約30分
書き出し:三階の家は坂の中程にあった。向う側は古い禅寺の杉の立木が道路の上へ覆いかかり、煉瓦《れんが》造りの便所の上まで枝を垂れていた。こんな坂の中途に便所がどうして建っているのか。一寸《ちょっと》不思議な気がする、——その便所の廂《ひさし》へ瓦斯燈《ガスとう》がさびしく点《とも》れていた。三階の一階は小間物屋を兼ねた店につづいて、造花屋があり、その隣は八百屋であった。二階は全部|何時《いつ》も借手がなく、...