「千里眼その他」の感想
千里眼その他
せんりがんそのた
初出:「文藝春秋」1943(昭和18)年5月1日

中谷宇吉郎

分量:約33
書き出し:もう三十五年くらい前の話であるが、千里眼の問題が、数年にわたって我が国の朝野《ちょうや》を大いに騒がしたことがあった。私たちも子供心にその頃は千里眼を全く信じていた。子供たちばかりでなく、親たちも信じ、学校の先生たちも信じていたようであった。この頃|或《あ》る機会に、その頃千里眼問題に直接関係された先輩の一人から、当時の関係記録を借覧することが出来た。それを読んで行くうちに、私はこの問題は一種の流...
更新日: 2022/04/12
cdd6f53e9284さんの感想

この小論のタイトルは「千里眼その他」だが、この論の眼目は、付記として言及されている「畑精錬」の話だ。 戦時中、ちょうどミッドウェイ敗戦やガダルカナル撤退の時期、いよいよ日本の旗色があやしくなった頃に、「日本的製鉄法」という画期的な製鉄法が、ある発明家によって唱えられ、大評判になった。 なにしろ、砂鉄を畑の中に盛り上げ、その中にアルミニウムの粉を加え火をつけると、砂鉄が一遍に純鉄になるという。 敵国アメリカから経済制裁を受けて海上封鎖され、鉄不足を嘆いていた日本にとって天の恵みのアイデアだった。そりゃあもう軍部も政府も大喜びした。 島国日本には砂鉄なら無尽蔵にあるし、金のかかる大がかりな溶鉱炉も必要とせずに、畑で鉄が精錬できるのだ、大喜びするのも無理もない。 この「日本的製鉄法」は、マコトしやかに流布し、軍部と政府の上層部にまで受け入れられて、ほとんど国策にまでなりかかったという。 当時の商工大臣といえば、岸信介か。 これを、単なる「デマ」だと政府の上層部に注意を促す開明的な技術者の話も書かれているが、もうひとつ歯切れの悪い書き方をしている。 ことは、もはや科学の問題ではなく、政界の人事の問題とか、学界の因習の問題にすり代わってしまっている感じさえする。 このあたりが、目端の効いた中谷論文の傑出したところだ。 結局、「千里眼事件」の経験から学んだ流言蜚語の対処の経験から大事に至らなかった顛末が書かれているわけだが、しかし、スキャンダル好きの自分などは、如何に中谷センセイに釘を差されても、やはり、幾度も聞いて慣れ親しんでいる前半部分の「千里眼」事件が懐かしくて堪らない。

更新日: 2022/04/11
d414709b685fさんの感想

御船事件に科学者が触れることへの 作者の論的な見解が述べられていて 面白い一冊