銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
037 人形の誘惑
037 にんぎょうのゆうわく初出:「オール讀物」文藝春秋社、1935(昭和10)年2月号分量:約36分
書き出し:一新吉は眼の前が眞つ暗になるやうな心持でした。二年越言ひ交《かは》したお駒が、お爲ごかしの切れ話を持出して、泣いて頼む新吉の未練さを嘲《あざ》けるやうに、プイと材木置場を離れて、宵暗の中に消え込んで了つたのです。——父親が聽いてくれないから、末遂げて添ふ見込はない。出世前のお前さんに苦勞をさせるより、今のうちに切れた方が宜い——といふのは、十八や十九の若い娘の分別といふものでせうか。——父親の不承...