「本所両国」の感想
本所両国
ほんじょりょうごく
初出:「東京日日新聞」1927(昭和2)年5月6日〜22日

芥川竜之介

分量:約55
書き出し:大溝僕は本所|界隈《かいわい》のことをスケッチしろという社命を受け、同じ社のO君と一しょに久振りに本所へ出かけて行った。今その印象記を書くのに当り、本所両国と題したのは或は意味を成していないかも知れない。しかしなぜか両国は本所区のうちにあるものの、本所以外の土地の空気も漂っていることは確かである。そこでO君とも相談の上、ちょっと電車の方向板じみた本所両国という題を用いることにした。——僕は生れてか...
更新日: 2025/07/17
艚埜臚羇1941さんの感想

  食道癌で 亡くなった 芥川の 叔父さんは 大溝(おおどぶ)で 大小の 脇差しを 腰に付け どぶ川に 向かって しゃがんで 釣り糸を 垂れていたときに さや当てを 仕掛けてきた 男が 通り掛かったので 呼び止めようとして 肩越しに 振り返ったら 大男だったので 見なかった ふりをした。それは 朱鞘の 刀を 腰に 差した 身の丈 抜群の 侍 だった。その頃 誰にも 恐れられていた 新撰組の 一員で あったという。芥川の 生きていた 頃は まだまだ 時代か゛かった 武ばった頃と 感じた。06:19