頭尾▫構想につき 練られた作品と 感じた。 点心▫波頭の 描写は 東洋趣味を 想起してしまう。 詩情を あまり繰り出すと 時に 過剰が わずわらしい ように想った。
芸術家であるということはどういうことかということを、苦しみを以て描いている。自分も普段から、芸術家とは何だろうかとよく考えているので、興味深く読めた。アーティストとディレッタントの違いを、わかることが出来るような気がした。つまり、トニオになりきって読むことが出来るか、トニオを客観的に感じて読むかの違いである。
あの時期の感傷で悦に入りたいときに読む話。 この本に「片付けられ」て深い安堵を得た当時の私も当然ながら不器用で微妙な話者おなじみの一であった。 共感を持てぬならば余程幸いである。読了の必要はなかろう。
【中間報告】 青空文庫で読む作品は短編に限っていたが、最近は長いものも読みだした。 パラパラ捲り前へ戻り読みが電子書籍 では難しいので、感想もストーリーを忘れぬうちに途中で記す。 この作品は文庫本で読んだが、すっかり内容を忘れていた。題名がトニオ・ クレエゲルなので彼が主人公なのはわかるが、ハンス・ハンゼンは忘れていた。唯一覚えていたのは、「彼女が来ればいいのにと待っていた。しかし、彼女は一向にやって来なかった。そんなことは地上では起こらぬのである。」 というフレーズである。ピンク色のラインマークをした。そして、大学時代恋していた女学生の名を余白に記した。今もマイホームの本棚にあるはずだ。まさか!妻や子が読んではいないと思うが・・・