「芳年写生帖」の感想
芳年写生帖
よしとししゃせいちょう
初出:「オール読物」1938(昭和13)年3月

野村胡堂

分量:約35
書き出し:絵師の誇り霖雨《りんう》と硝煙のうちに、上野の森は暮急《くれいそ》ぐ風情でした。その日ばかりは時の鐘も鳴らず、昼頃から燃え始めた寛永寺の七堂|伽藍《がらん》、大方は猛火に舐め尽された頃までも、落武者を狩る官兵の鬨の声が、遠くから、近くから、全山に木精《こだま》を返しました。「今の奴、何処《どこ》へ逃げた」「味方を四五人騙し討ちに斬って居るぞ。逃してはならぬ奴だ」「まだ遠くへは行くまい」「見付かった...
更新日: 2019/10/31
19双之川喜41さんの感想

 芥川の地獄変と 同じテーマと思う。 違いは、やたら 斬ったり貼ったりするところではなかろうか。 時代背景が 官軍と彰義隊が 上野の寛永寺あたりで 戦う頃なので さもありなんとは思う。 死骸を 写生して廻るのには 辟易すると感じた。