芳年写生帖
よしとししゃせいちょう
初出:「オール読物」1938(昭和13)年3月分量:約35分
書き出し:絵師の誇り霖雨《りんう》と硝煙のうちに、上野の森は暮急《くれいそ》ぐ風情でした。その日ばかりは時の鐘も鳴らず、昼頃から燃え始めた寛永寺の七堂|伽藍《がらん》、大方は猛火に舐め尽された頃までも、落武者を狩る官兵の鬨の声が、遠くから、近くから、全山に木精《こだま》を返しました。「今の奴、何処《どこ》へ逃げた」「味方を四五人騙し討ちに斬って居るぞ。逃してはならぬ奴だ」「まだ遠くへは行くまい」「見付かった...