終戦直後の浅草六区オペラ館、踊り子たちの楽屋に毎日、出前を届けに来る老人が、問われるままに、先の戦争(どうも日露戦争らしい)で自分は勲章を貰ったと話しだす、親分のところに預けてあるから明日持ってくるので見せてやろうという。カメラを持っていた荷風が、その時は写真に撮ってあげようというと、楽屋にいた軍人役の若い男が「そりゃあいい、その時はこの軍服を着て写真に撮りなよ」となった。翌日、老人は勲章を持ってきて皆に見せてから、軍服に着替え勲章を付けて写真も撮った。しかし、翌日、写真の現像ができて届けに来たのに、あのとき以来、老人は姿を見せないという。荷風は、このラストをできるだけ衝撃的にならないように努めているように読める。老人の不在は既にこの小説の冒頭で明かされているし、老人が突然姿を見せなくなっても楽屋には不振に思う者、心配する者など誰一人いない。もしかしたら、どこかでひっそりと死んだのかもしれないという臆測まで書き足している。これがお国のために命を賭して勲功をたてた老兵士への報いなのか、残された面白半分に撮った偽の記念写真は、荷風の風俗資料の保管箱にしまいこまれた。