武見太郎と共に 牧野伯爵を訪問すると 羽織袴で 対座したという。 西郷隆盛の 知友でもあり 明治四年に 岩倉公の使節団員 どして渡米した。 明治の功臣で 渋谷区松濤の屋敷に 居した。 科学方面の知識も 卓越していたので いち早く 新爆弾を 原爆と察知出来た。 当時の 軍 上層部は 何が起きたのか 理解することができず 広島の壊滅を サイパン陥落や 連合艦隊の全滅と 同じような ものとしか 理解できなかったと言う。 牧野は 若くして 自己の欠けている面に気づき 自らを 鍛えなおしたのは 凄い事だと 感じた。