「文化史上の寺田寅彦先生」の感想
文化史上の寺田寅彦先生
ぶんかしじょうのてらだとらひこせんせい
初出:「大阪毎日新聞」1936(昭和11)年2月5日

中谷宇吉郎

分量:約10
書き出し:現代のわが国のもった最も綜合的な文化の恩人たる故寺田寅彦先生の全貌を語ることは、今日の日本のもつ教養の最高峰を語ることであって、単に物理学の部門での先生の一門下生たる自分などのなし得るところではないかも知れないが、何人がその任に当っても恐らく非常に困難なことであろう。先生は、外見上は全く異なる二方面において、今日のわが国の文化の最高標準を示す活動を続けられていた。その一は物理学者としてであって、帝...
更新日: 2020/08/20
19双之川喜41さんの感想

 ① 物理学者として 英文論文を 3000ページも 発表している。② 夏目漱石の門下の 逸材として 筆名 吉村冬彦で 随筆家としても 活躍した。新物理学を 標榜し 1 「生命と割れ目」など 生物の現象の 物理的研究を 先導した。2 砂の崩れ方の研究 3 形の物理学 4 総合の物理学 複雑な形の 波同体。主観的な真実の記録たる 随筆も良くし 文化史を飾る偉業を 成し遂げた。今日でも 肩を並べる人は なかなか 見つけにくいと 感じた。