火星の運河
かせいのうんが
初出:「新青年」博文館、1926(大正15)年4月分量:約13分
書き出し:又あすこへ来たなという、寒い様な魅力が私を戦《おのの》かせた。にぶ色の暗《やみ》が私の全世界を覆いつくしていた。恐らくは音も匂《におい》も、触覚さえもが私の身体《からだ》から蒸発して了《しま》って、煉羊羹《ねりようかん》の濃《こまや》かに澱《よど》んだ色彩ばかりが、私のまわりを包んでいた。頭の上には夕立雲の様に、まっくらに層をなした木の葉が、音もなく鎮《しずま》り返って、そこからは巨大な黒褐色《く...