一人ならじ
いちにんならじ
初出:「富士」大日本雄辯會講談社、1944(昭和19)年9月号分量:約27分
書き出し:一栃木大助《とちのきだいすけ》は「痛い」ということを云わない、またなにか具合の悪いことがあっても、「弱った」とか、「参った」とか、「困った」などということを決して云わない。そのほかどんな場合にもおよそ受け身に類する言葉は選《よ》って棄てるように口にしないのである。……だがそれはただそれだけのことで、それゆえに彼が有名だとか人に注目されていたとかいうわけではない、むしろ彼はきわめて目立たない存在だっ...